遠藤周作 ――


『沈黙』 新潮文庫 (256P \438)
★★★★☆

 キリシタン禁制である日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴの苦渋。信仰を持つことは幸せなのか、不幸なのか?拷問から逃れるために基督の絵を踏む信徒は、はたして敗者なのだろうか、勝者なのだろうか?神はなぜ彼らを見捨て、沈黙を守っておられるのか?なんたる深く重いテーマだろう。この問いに対する答えは、永遠に見付かるまい。谷崎潤一郎賞受賞作。


『海と毒薬』 新潮文庫 (174P \350)
★★★★☆

 戦争末期に九州の大学付属病院において行われた、米軍捕虜の生体解剖事件。それに携わった医師たちの人間性を浮き彫りにする小説である。はっきり言おう、「それほど面白くはない」。だがそれ以上に「罪の意識」「倫理」といったものを深く「考えさせられる」作品なのである。恐ろしいのは、生体実験が行われたという事実ではない。それをなんの良心の呵責も覚えずに実行してしまう医師たちと、その記録を読んでも何も感じない「自分の心」である。毎日出版文化賞・新潮文学賞受賞の問題作。


『わたしが・棄てた・女』 講談社文庫 (286P \495)
★★★★☆

 吉岡は、男なら誰でもわかる、女たらしの小悪党。ミツは、いいように利用されているのを気付かず、彼を愛しちゃう、ダサダサのおバカ女。ふたりとも憎めないキャラクターで、コリアン先生のユーモア小説は楽しいな〜!と読んでいたら、あらあら、すごいシビアに展開していくのね。愛徳の人間ドラマだった。ミッちゃんは、神様みたいないいこ、<聖女>だった。通俗を書いても重い結論に持っていってしまうのだから、遠藤教おそるべしだ。


『死海のほとり』 新潮文庫 (357P \552)
★★★★☆

 心が弱っている時にこれを読んでしまった日にゃあ、あなた、響きまくりっスよ。信仰を持ちきれない小説家の"私"と、聖書に傾倒するあまり真実のイエスに絶望してしまった戸田と、みじめな狡い修道士の"ねずみ"。どれもが自分と重なる。ひどいよ、遠藤先生。弱い人間を描いた決定版かも。危険な小説である。『イエスの生涯』を読んで、知識を吸収してから読むこと。すると俗世をいままでと同じに生きていくのが嫌になっちゃうかも知れません。根底を流れるのは愛だよ、愛。


『女の一生 一部・キクの場合』 新潮文庫 (517P \705)
★★★☆☆

 キクの場合、隠れキリシタンの清吉に惚れてしまった。キクはマリア像に言う。「切支丹は好かん。ばってん、清吉さんの嫁にしてくるんならば、切支丹になってもよかよ」。やがて男たちは弾圧され...「あんたはまこと鬼んごとひどか女たい。うちと清吉さんばこげんこと別れ別れにさせてから」。前半はさっぱりめで、後半はつらいつらい。『沈黙』の恋愛ものバージョンですな。すさまじい。「あんたもおなごやけん。うちのこの胸んうちはわかるやろ。うちのこん悲しか思いば・・・」。キクもまた、<聖女>だった。

 『女の一生 二部・サチ子の場合』 新潮文庫 (494P \667)
 ★★★☆☆

 「殺すなかれ」と聖書に教わったのに、敵を殺すために動員されてしまった修平と、彼を慕い続けるサチ子と、そしてもうひとり、アウシュヴィッツに捕まったコルベ神父が主人公の物語。『沈黙』や『一部・キクの場合』(↑上の方にあります)と比べて、「なぜコルベ神父と修平はこのような選択をした?」という問いが明確である。答えもわかったような気がする。わかってしまえばなんかがっかりだ。読み終えて、もっともっとつらい遠藤教を期待していた自分を発見した。


『侍』 新潮文庫 (422P \629)
★★★☆☆

 藩主の名によりローマ法王への親書を携えて「侍」は海を渡った。が、その後すぐに日本はキリシタン禁制の世に――。波瀾万丈のドラマである。業に生きる日本人(筆者は主人公の六右衛門に対して「侍」という人称代名詞を使い続けている)、対、永遠の天国を求める西洋人の、信念を賭けた闘いを見た。なぜ遠藤先生は受難ばかりを書くのだろう。彼の宗教モノを読むと、余計に宗教というものがわからなくなる。そんな疑問を超越してこそが本当の信仰なのだろうか。野間文芸賞受賞。


『母なるもの』 新潮文庫 (235P \400)
★★★☆☆

 『死海のほとり』の"私"と戸田を主人公にしたような短編集だ。いわば、派手な"殉教もの"ではなく、地味な"巡礼もの"。宗教に母なるものを求める、弱い、ユダ的な心を書いているあたり、この本が遠藤宗教短編集の決定版だと(いまのところは)思う。『最後の殉教者』や『影法師』よりも、しっとりと落ち着いて読めた。歯の浮くようなキレイな賛美歌など本当の祈りではない!と言い切っちゃうあたりはさすが遠藤先生。教会からしっかり怒られそうである(笑)。


『深い河』 講談社文庫 (373P \563)
★★★☆☆

 人と人とのふれ合いの声を力強い沈黙で受け止めガンジスは流れる。筆者最後の純文学長編である。彼は最後に、基督教徒のためだけではなく、仏教徒のためでもなく、ヒンズー教徒のためでもない、すべての人のための、深い慈愛に満ちた小説を書いてくれた。毎日芸術賞受賞作。


『イエスの生涯』 新潮文庫 (232P \400)
★★★☆☆

 小説ではなく評伝であった。はじめにパラパラッと眺めたときは、小難しいかな?と思ったが、面白く読めた。わたしはキリスト教にぜんぜん疎いので、ここに書かれた(遠藤周作のとらえた)キリスト像がどのくらいユニークなものなのかはわからない。が、「何もできないイエスの無力さ」「弟子にさえわかってもらえなかった孤独」が、ずいぶんと強調されているように思えた。そうした書き方をした理由が徐々に明らかになっていくわけだが、話の盛り上げ方はさすが小説家である。うまい。個人的には、イエスに対して敬語を遣って書くのは、うさんくさいのでやめて欲しかった。国際ダグ・ハマーショルド賞受賞。

 『キリストの誕生』 新潮文庫 (257P \438)
 ★★☆☆☆

 『イエスの生涯』の続編。イエスが死後、キリスト(=救い主)として弟子たちの心に復活し、キリスト教ができあがるまでを書いている。主人公(もちろんイエス)がいないのでつまらない。原始キリスト教VSユダヤ教VSローマ帝国の、政治話になってしまった。それはそれで、しっかり勉強したい人にはよろしいだろう。読売文学賞受賞。


『ただいま浪人』 講談社文庫 (776P \951)
★★★☆☆

 ステレオタイプな話だ。頭の固い父親と、結婚に悩むBGの姉と、人生に悩む受験生の弟が出てくる。昭和40年代の核家族はかくあらんって感じだ。ステレオタイプから脱し、自分らしく生きようと苦しむ姉弟は、ただいま人生の浪人中..。視点の頻繁に変わるのが難点ではあるが、オーソドックスな内容だけに安心してスラスラ読める。オーソドックスな問題提起(生きることと生活することの違い)だからこそ考えちゃうところもあるし。奥様方の読書会の課題図書にいいね。


『彼の生きかた』 新潮文庫 (490P \667)
★★★☆☆

 ドモリで人とうまく接することのできない一平は、日本猿の研究に一生を捧げる決意をした。純朴でひたむきな彼に、まず野生の猿たちが心を開き、やがては、彼をバカにしていた女も彼を愛することに?...てなことになったら、あまりに出来すぎではないかと、読んでいて心配だったのだ。ギリギリのところであるな。心やさしい弱者(一平)の描き方はいつもどおりとして、強者(猿を観光の道具にしようとする加納)がこの作品では魅力的であった。強さと弱さを両方持った女(朋子)もいい感じ。


『十一の色硝子』 新潮文庫 (242P \400)
★★★☆☆

 色硝子ではなく磨り硝子な感じの短編集だ。ホロコーストの記憶を持つ人たちの日常。ストーリーが平坦で、語り口に感情が込められていない。だから余計に怖い。江國香織の『すいかの匂い』か小川洋子の世界に似ているかも。


『夫婦の一日』 新潮文庫 (179P \362)
★★★☆☆

 短編集。表題作の『夫婦の一日』には、いい意味で、いや〜やられちゃったなあ。ぜんぜん難しくない、読みやすいだけ(実際に活字もでかい)の短編なのに、深いことー。迷信を受けつけないキリスト教信者の夫と、インチキ占いに泣いてすがる妻は、どちらが馬鹿なのか。真の愛とはどこにあるのか。深いっ!続く3つの短編は、その後すぐに書かれた『スキャンダル』の前奏曲となっている。曖昧模糊とした純文学風の書き方が、サスペンスタッチな『スキャンダル』よりもいい味を出している。もう一編の、歴史モノ『日本の聖女』については、特になし。


『満潮の時刻』 新潮文庫 (295P \476)
★★★☆☆

 「なぜ、煙は、真っ直ぐ、夕暮れの空に、のぼるのか」。これが、主人公が繰り返し考える、人生への問いである。あっさりした書き方のわりには、作品中何度も何度も、似たような問いばかり発しすぎではなかろうか。宗教にまったく関係のない主人公がいきなりキリストの夢を見たりで、よくわからない。解説にも書かれているように(あーよかった、わたしだけの感想じゃなくって)、完成度としては甘い小説に思える。ただし、同時期に書かれた『沈黙』の創作ノートとして、その後の遠藤作品の原点として読むと、非常に興味深いものがある。


『蜘蛛』 出版芸術社 (248P \1456)
★★★☆☆

 遠藤周作先生が怪奇小説を書いていたとは知らなんだ。あまり聞いたことのない出版社からの作品集であるとこがまた泣かせる。ううむ、怖い、です。さすがに周作先生、怖さのツボを知っている。筆者が実際に体験したノンフィクションとして書いてあるところがすごく怖い(本当にほんとのノンフィクションかは不問)。怖いというより、気持ち悪い話が多いので、万人にはおすすめできない。


『白い人・黄色い人』 新潮文庫 (169P \362)
★★★☆☆

 タイトルはそのものズバリ、西洋人と日本人という意味である。神を汚す行いをした者を書いた2つの中編だ。信ずるものは救われない。芥川賞を獲った『白い人』よりも、人種問題にも踏み込んだ『黄色い人』のほうが面白かった。


『老いてこそ遊べ』 河出書房新社 (225P \760)
★★★☆☆

 狐狸庵先生はえらい多趣味のひとだったのだね。社交ダンス、囲碁、コーラス、演劇などなど。それにしても見事に深みのない、日常エッセーだこと。今風に言えば、一般人がブログで書いてるような内容だ。だが決してそれが悪いと言ってるのじゃない。この種のお気楽文章を求むる層はきっといるはず。(→誤植情報


『砂の城』 新潮文庫 (267P \438)
★★★☆☆

 「美しいことと善いことがいつまでも信じられるように」って?現代では絶滅した、美しい青春を信じる筆者が書いた、美しい青春物語である。なんたって、蒼い海と白い浜。夢はスチュワーデスときたもんだ。前向きに夢に生きる女性主人公と、後ろ向きに苦労してゆく親友が登場するあたりは、ちょうどNHKの朝ドラを観るようだ。それほどの話ではないけど、まあ、いいんじゃないでしょうか、貴重で。遠藤周作の描く女性って、やっぱりマリア?


『最後の殉教者』 講談社文庫 (236P \419)
★★★☆☆

 『女の一生 一部・キクの場合』と同じ“浦上四番崩れ”を書いた表題作と、その他9編の短編集。『コウリッジ館』『ジョルダン病院』..と続く“留学もの”を読むと、遠藤先生の外国嫌いがよくわかる。この白人コンプレックスこそが、日本人にもわかるキリスト像を創りあげた土壌?かなり純文学な作品集であるが、あっさりと読める話が多い。で、あっさり読んでしまうと、まったく面白くない。じっくりと読めば読むほど、暗く、すなわち面白い。主人公に共感してしまった日には、くらいですぜ〜。


『スキャンダル』 新潮文庫 (310P \514)
★★☆☆☆

 この小説の主人公は、「醜悪を書かない」「性を書けない」と一部から批判を受けている、大御所クリスチャン作家である。SMな登場人物をして「先生の小説ときたら(中略)鶏が三度鳴いたあと後悔に泪を流す男などを書くだけで、石を投げ、その快感に酔った群衆のことは絶対にお避けになっていた」と言わせている。遠藤先生の自虐的お茶目?もしくは、そんなことを言う読者をやっつけようとしているのかな。作家の心の中の悪が飛び出す、心理サスペンスな一品であるが、やはりちょっと無理があったね。テーマがあいまいで、最後は尻切れトンボだ。


『真昼の悪魔』 新潮文庫 (275P \438)
★★☆☆☆

 ひとりの女医の心に潜む<悪魔>と神父さんの対決(ってほどでもないか)をサスペンスタッチで書いている。かなりキリスト教臭くて、饒舌。悪魔はあなたの心にもいる!みたいな説教くらってるみたいだ。遠藤教はやっぱ、沈黙してないとダメっしょ。


『悲しみの歌』 新潮文庫 (386P \552)
★★☆☆☆

 遠藤周作の書く大衆小説っていつも、大衆小説過ぎやしないだろうか。60の男がカツラとピンクのシャツで変装しただけで、20代に見えるはずがないじゃんか。『沈黙』の続編として勝呂医師のその後を描いたのはいいとして、バカ外人のガストンを登場させるのは勘弁して欲しかった。なにを言っても「ふぁーい」って、ガストン、バカすぎ。他人の悲しみを理解することがとても困難であることはわかった。


『狐狸庵閑話』 新潮文庫 (499P \667)
★★☆☆☆

 「こりゃあ、あかんわ」の洒落で「狐狸庵閑話」である。狐狸庵先生ってヘンテコリンな人だったんだなあ。『沈黙』や『女の一生』を書いた同じ人とは信じられない。グウタラに生きる狐狸庵先生の日常は、面白くなくはないけど、かなりオヤジ的である。面白かったのは、美貌の弟子・堅井雲子(読み方は“うんし”)とのやりとりと、キャバレー王・福富太郎、ドケチ資産家・西岡義憲との対談だ。素直な人はツボにはまるでしょう。


『留学』 新潮文庫 (318P \476)
★★☆☆☆

 日本最初のヨーロッパ留学生、カトリック神学生、そして仏文学者と、時代の異なる3人のフランス留学生を主人公とした3部から成る。日本との文化の違いに愕然とし、異郷で孤独に押しつぶされていく様を描いているわけだが、3人とも少々安直に挫折しすぎか。


『影法師』 新潮文庫 (272P \438)
★★☆☆☆

 短編集。厳格だった司祭がひとつの事件をきっかけに弱者になってしまう、いかにも遠藤チックで素晴らしい表題作の他は、読み応えのある作品はなかった。いずれも私小説風で、『沈黙』『イエスの生涯』『死海のほとり』『満潮の時刻』とシンクロするネタが多い。解説でよく見る常套句を借りると、「この作家を語る上で重要な作品群」ということになる。でもつまらないんだもん。


『おバカさん』 角川文庫 (314P \500)
★★☆☆☆

 日本にやってきた、臆病で愚鈍でお人好しなガストン氏が巻き起こす珍事。例の<受難>のテーマを大衆小説の中に書こうとしたみたいだが、ガストン氏はほんとに単なるおバカさんとしか思えなかった。ほんとのほんとのおバカ小説としてくれたほうが良かったね。


『フランスの大学生』 ぶんか社文庫 (213P \552
★☆☆☆☆

 遠藤周作、幻のデビュー作だそう。フランス留学時に書かれた、エッセーだかルポだか小説だかわからない文章だが、たぶん小説なのだろう。とにかく頭のいい学生が書いた文章という感じがする。インテリ論文。すなわち愉しく読める本じゃない。