宮沢章夫 ――


『牛への道』 新潮文庫 (268P \438)
★★★★★

 あなたはまさかカーディガンを着て、悪党になろうなどとしてないだろうか。左手にバナナを持ってはいないか。どーでもいいことをツッコませたら宮沢章夫の右に出るものはいない。シュールで不毛な切り口は、神業の域に達している。史上最強!(と断言してしまおう)の笑えるエッセー。と、わざわざ書く。わざわざ書かないとわからないやつがいる恐ろしさだ。だから何なんだ。


『わからなくなってきました』 新潮社 (270P \1300)
★★★☆☆

 名著『牛への道』の流れを汲むが、比べると、コクがあるけどキレがない。エッセー65編はさすがにネタ切れか。しかし十分水準以上で、爆笑は出来るのでご心配なく。彼の視点の見事さはなんなのだろう。こんな風に生きたいものだ。H田宗典は爪の垢を煎じて飲むべし。


『青空の方法』 朝日新聞社 (285P \1300)
★★★☆☆

 宮沢章夫のエッセーを読むと、世の中とはなんてへんてこな、よくわからない、笑えることが多いのだろうと思う。いつもとちょっと違う視線でじっと見て、じっと考える。そうすれば毎日は笑えるのだ。これぞ“青空の方法”だ。朝日新聞に連載されたエッセーなので、いつもよりも少しだけ真面目な気がする。気のせいか?


『サーチエンジン・システムクラッシュ』 文藝春秋 (156P \1143)
★★★☆☆

 芥川賞の候補になってしまった、宮沢章夫の初小説である。探し続け、池袋の町を歩き続ける男を描いた、決して笑う内容ではない暗い小説なのに、ちりばめられた彼の超人的トボケタ視線に、つい吹き出しそうになってしまう。やばい(もしかして笑わそうとしてるか?)。マジでいい塩梅の暗い小説である。シブヤ系に似てるが、新しい味がある。そのへんが視線の良さなのだろう。


『百年目の青空』 マガジンハウス (252P \1300)
★★★☆☆

 これはエッセーではあるけれど、エッセーと呼ぶよりは、宮沢先生流論文集と捉えたい。「しばしば人は、風呂上がり、九州人になる」や、「どこで売っているかわからないものは、たいてい薬局で売っている」や、「手をあげる大人は、どこか、ばかに見える」など、うんうんそうだよなーあるよなーと納得させられる。てなわけで笑いは今までに比べると少ないが、かつて経験したことのないほどの大笑モノが一編あった。それは『くしゃみの問題とその対策』。


『長くなるのでまたにする。』 幻冬舎 (282P \1600)
★★★☆☆

 安定の面白さだった。ひとを食った視点、シュールな突っ込み、そしてどこか寂しさを感じさせる落ち。宮沢章夫は20年前からキャラクターがまったく変わっていない。サザエさんのようなひとだ。昔から変わらぬ文体で、AKB48やiPhoneなどいまどきの時事ワードに関して書かれると、サザエさんちの家電がいつの間にか最新型に変わっていたのを見るような、どこかアンバランスな新鮮さと可笑しさがある。(→誤植情報


『茫然とする技術』 筑摩書房 (283P \1400)
★★★☆☆

 宮沢師匠の超人エッセーに、いまさら説明は要らないだろう。知らないやつには「読め」としか言えない。そうしてきみは茫然とするしかないのだ。本書には、わたしが宮沢師匠をはじめて読んだ、「ASCII DOS/V ISSUE」に連載されていたパソコンネタが収録されているので感慨深い。


『彼岸からの言葉』 角川文庫 (203P \379)
★★☆☆☆

 超人・宮沢師匠の第1エッセー集である。面白くないネタを無理に意味付けしすぎで、ここに至ってはことは深刻である。ちょっとまずいんじゃないだろうか。でもさすがに師匠の書くものは、まがりなりにもエッセーみたいなものを日々書いているわたしにとっては大変勉強になるのである。「そもそも子供はばかだ」とか(これだけ抜き出すとまずいけど)、悪意をこれっぽっちも感じさせずに言い放ってしまう彼のテクニックを、どうにか会得できないかと思うのだ。文の書き方だけでなく、普段の生活・会話でも一流のアイロニーとウイットは活きるわけで、それがよりよいオトナ社会を作る。


『牛乳の作法』 筑摩書房 (268P \1400)
★★☆☆☆

 笑えないエッセーだ。本職である劇団演出家としてのスタンスを真面目に語っている。真面目と言っても宮沢流真面目なわけで、おもしろさがなきにしもあらずんばなのだけど、カルト的知識を出して、やたら言葉を多くして語っているところがいただけない。


『考えない人』 新潮社 (253P \1300)
★★☆☆☆

 宮沢章夫のエッセーはすっかりパターンが凝り固まってしまった。どの話から読んでも笑いの図式がいっしょで、金太郎飴のよう。本書は雑誌『考える人』に連載されたものがメインであり、『考える人』上で「考えない」ことを哲学してしまうオトボケ姿勢は流石なんだが、いかんせん話がみな同じ。ただし名著『牛への道』の中の名作「カーディガンを着る悪党はいない」の続編が載っているのは読む価値あるぞ。


『不在』 文藝春秋 (201P \1429)
★☆☆☆☆

 この小説は何を表現してるんだろう。頭いい文芸評論家だったら、不在の存在性の不安感を不条理に表現したナントカカントカ、とか説明するのかも知れない。前衛の舞台を観に行くとこんな感じなのかな。わかったようなわからない気持ち悪さ。難しい文章ではないのだ。最初はとっても読みにくいだけだったとっても長い文が、そのうちだんだん気持ちよくなってきたのは確か。