エラリー・クイーン ――


『Xの悲劇』 訳:鮎川信夫 創元推理文庫 (429P \580)
★★★☆☆

 トリックの出来もさることながら、エラリー・クイーン(というかバーナビー・ロス)は小説の書き方がうまい。事件現場、法廷の臨場感がしっかりと伝わってくる。また、このシリーズ(『X』『Y』『Z』『レーン最後の事件』)では、元シェークスピア俳優であり、現在は金持ちの聾者という名探偵ドルリー・レーンの存在感が面白い。事件のあらましを聞いただけの、最初の100ページほどで彼には真相がわかってしまい、あとは名探偵お決まりの台詞「いまはまだ明かせません」で話をずっともたせてしまうのだから(そしてそれが不自然でないのだから)、クイーン(というかロス)の筆力と構成力はたいしたものだ。読者の楽しませ方を知っている。

 『Yの悲劇』 訳:鮎川信夫 創元推理文庫 (430P \580)
 ★★★★☆

 完璧。この推理小説は完璧だ。なんともおぞましい導入部。ドラマチックな展開の中間部。息ができないほどの緊迫感あるクライマックス。そしてビックリ仰天、悲劇のラスト。エンタメの頂点と言ってもいい。ひとによっては「簡単すぎる」と言うかもしれない。だけど「犯人がわかる」というある程度の簡単さも、推理小説にとっては必要だと思うのだ。書かれた時代の古さはやっぱり少し感じた。いまだったら、「きちがいハッター家」の人々の描き方はもう少しソフトに(すなわち、つまらなく)、犯人の描き方はもう少しハードに(すなわち、おもしろく)、変わっていただろう。ともあれ、価値ある一品である。

 『Zの悲劇』 訳:鮎川信夫 創元推理文庫 (358P \560)
 ★★☆☆☆

 なぜサム警部の愛娘のペーシェンス嬢なんかを語り手にしちゃったんだろう。少女チックな風を入れたかったのかな。この作品はちょっと制作意図が空回りしている。アメリカの陪審員というやつは、状況証拠だけで、無実の人間を電気椅子に送ってしまうから凄いな。今回はドルリー・レーンの推理も、状況証拠オンリー。手がかりとなるカーボン(手紙を複写する?)の使い方も、そういう習慣のない日本人にはちょっとさっぱりだ。

 『レーン最後の事件』 訳:鮎川信夫 創元推理文庫 (404P \620)
 ★★★☆☆

 シェークスピアの初版本をめぐるヘンテコな盗難事件を追って、話が進む。これはなかなか楽しい。しかし今回も出てくるペーシェンス嬢はやっぱり邪魔だ。知り合ってすぐの男とくっついて、いちゃいちゃしてやがって、むかつく。4作全部を読んでみると、ドルリー・レーンとはつくづくおかしなじいさんである。悲劇を演出せずにはいられない喜劇人。捨てがたいキャラだが、4作あたりでとめるところがちょうどいいのかも。読む際は順番に読んだ方がいいです。『Yの悲劇』で、?と思った部分が、ここにきて納得できるとは思わなかった。


『ローマ帽子の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (438P \640)
★★★☆☆

 エラリー・クイーンのデビュー作にして国名シリーズ第一弾。これこそまさに本格推理小説のお手本中のお手本という感じで、読んでいて惚れ惚れした。どうして最近のミステリー作家はこういう「ちゃんとした」謎解きが書けないのだろう?読者を騙すことだけに執心し、人間模様は二の次で、現実無視のトリックばかり考えている最近の作家はみんな、これを100回読んで、反省文を原稿用紙500枚に書いて提出せよと言いたい。さて国名シリーズが書かれたときのアメリカが禁酒法時代だったとは知らなんだ。当時の紳士は夜会服にシルクハットを被るのが常識だったこともちょっと勉強になって嬉しい。

 『フランス白粉の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (460P \450)
 ★★★☆☆

 死体発見シーンがなかなかショッキングでグロテスクで、引き込まれた。とにかくフェアで、ストーリーの運びもわかりやすい、親切な推理小説である。フェアに徹するあまりに説明がくどくて、ため息も出る。クイーン探偵はエルキュール・ポワロやファイロ・ヴァンスと違って癖のない、まっとうな人間なので、そういう意味でも面白味に欠けるとは思う。

 『オランダ靴の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (427P \840)
 ★★★☆☆

 これまた素晴らしく王道的な謎解き小説だ。現代のミステリー作家にはこういう純粋推理小説を書ける能力がないのか?現代の音楽家がモーツァルトやベートーヴェンのようなクラシック音楽を創れないのと同じ?さてこのオランダ病院の殺人事件。不満ではないのだけど、気になったのは、手がかりとなる靴の存在。当時の医療従事者はどのような型の靴を履いているものなのかわからず、紐の切れた図がイメージできなかった。普通、絆創膏ごときじゃ紐の修理にならないし、無理に修理する必要もないのでは?

 『ギリシャ棺の謎』 訳:中村有希 創元推理文庫 (561P \1100)
 ★★★☆☆

 国名シリーズも4作目となり、事件が結構複雑に(そのぶんページ数も多く)なってきた。推理小説はシンプルがベストと考えるわたしには、悲しい。でもまだ許容範囲内だ。でもそろそろ楽しめる限界かも。今作品の面白さはなんと言っても、時系列の設定がシリーズ内で最も古く、われらがクイーン君が、大学を出たてのひよっこ探偵である点だ。若者らしい尖った感じがあって、いつもよりちょっとは魅力的だ。パパのクイーン警視との親子喧嘩が微笑ましい。

 『エジプト十字架の謎』 訳:中村有希 創元推理文庫 (504P \1000)
 ★☆☆☆☆

 エンタメに走り過ぎていて、純粋な推理小説としての面白さがまったくない。首なしの磔死体が出てくる序盤は、B級ホラーかよ!と思ったし、その後に出てくるインチキ宗教家と裸族が起こす騒動は、いったい何の意味があったのやら。中盤にはもう犯人名が特定されるので、その後の余計な展開は邪魔でしかない。パパ・クイーンが今回は欠席して、代わりにワトソン役を務めているのがヤードリー教授だが、歴史学の蘊蓄がストーリーに活かされているわけでなく、キャラがいまいち。

 『アメリカ銃の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (410P \583)
 ★★☆☆☆

 翻訳が古くて参った。「ホリウッド」(ハリウッドのこと)だの、ボクシングの「ヌートラル・コーナー」だのいつの時代の言葉だよ。導入部分は特に、文語チックな御託が長くて、閉口した。ちなみに読んだのは1996年発行の第46版。もし新訳で読んでも、好きになれなかったと思う。推理小説としては、ヒントが少なく最後に名探偵の神的ヒラメキで全部解決しちゃうという、嫌いなパターン。こんなけったいな真相、わからんわ!弾道解析の専門家ノールズ警部補とカービー少佐と、エラリーの友情が素敵なのはよい点だ。そしてアメリカカウボーイの雰囲気がぷんぷん充満しているので、気に入るひとは気に入るだろう。

 『シャム双子の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (378P \560)
 ★★★☆☆

 国名シリーズ中の異色作だ。まず「読者への挑戦」がない。完全なクローズド・サークルものであり、クイーン父子以外に警察組織は登場しない。そして雰囲気はサスペンスホラーで、ドキドキ感をばっちり味わえる。ロジック重視の国名シリーズに飽きたところにこの変化球の一冊は、なかなかニクイ。迫りくるパニックの中で、クイーン父子の人間性が見えて楽しい。

 『チャイナ橙の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (364P \580)
 ★★★☆☆

 死体は衣服を前後あべこべに着せられており、部屋の調度も全部あべこべだった!という謎だけでもう素晴らしい。推理小説好きなら、これは絶対に楽しめるんじゃないだろうか。だけど中国は"あべこべの国"だなんて決めつけてヘンテコな中国論を語っているところは、無知な白人さまのアジア蔑視観が丸出しで、少々気分が悪かった。謎が大袈裟なだけに、出来も大味で、"トンデモ系"の香りまで若干するので、広い心で楽しもう。

 『スペイン岬の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (438P \660)
 ★★★☆☆

 国名シリーズの最終話である。なのにパパ・クイーンは欠席だし、最終話らしい仕掛けはまったく何もないのが、ちょっと残念ではある。今回の謎は、被害者が真っ裸でマントだけを羽織っていたというもの。真相が「奴は変態だったから」だったらどうしようかと思った(笑)。やたら事情通の召使が出てきたり、重要証言をたまたま盗み聞きできちゃう都合よすぎな点が少々気になるものの、エラリーが論理詰めで真相を導くまでの手順は、気持ちよいほどに見事だ。


『災厄の町』 訳:青田勝 ハヤカワ・ミステリ文庫 (401P \621)
★★★☆☆

 事件を求めて旅をして、うまいこと事件が起きるとさっそくそれを小説に書いてしまうエラリー・クイーン(探偵役のほう)とは非道いやつだな。事件前から勝手に家捜しとかしてるし。彼が法廷で証言させられるシーンは痛快。そう、彼のような疫病神は、もっと苦しめてやるのが正しい市民の努めでしょ。国名シリーズに比べて、作風がずいぶん大人なところは嬉しい。あまり大人で、昼メロみたい。


『九尾の猫』 訳:越前敏弥 ハヤカワ・ミステリ文庫 (505P \1200)
★★★☆☆

 ニューヨークを恐怖に陥れた連続殺人鬼<猫>と、エラリーの知恵比べ。純粋な謎解き小説とは毛色が違うので、好みは分かれそうだ。ニューヨークのパニックを淡々と書いている前半は長すぎるとわたしは思う。後半の激しい展開とオチは嫌いじゃない。雰囲気が重厚なこと、精神医学的な記述が多いこと、そしてクイーン君の葛藤が描かれているのがとてもよろしい。


『エラリー・クイーンの冒険』 訳:中村有希 創元推理文庫 (500P \980)
★★★☆☆

 短編集であるが、いきなりの1作目の『アフリカ旅商人の冒険』の面白さには感激した。大学の犯罪学講師になったクイーン君が学生たちを、死体置きっぱなしの殺人現場に連れて行くという、さすがにそのシチュエーションはありえねえだろよと思うが、ユーモアがあって、学生との推理合戦が非常に面白い。他の10編に関しては凝った趣向はなく、良い出来のもあり悪いのもあり。謎解き論理の素晴らしさに感心したり、複雑すぎなネタに憤慨したり。


『エラリー・クイーンの新冒険』 訳:中村有希 創元推理文庫 (489P \960)
★★☆☆☆

 現実離れした大袈裟なトリックばかりで嫌になった。家が消えるだの、肖像画が血を流すだの、昨今の日本のバカミスじゃないんだからもうちょっと真面目に書いて欲しい。エラリー・クイーンさんはメフィスト賞を狙ってるのか?(んなわきゃない。)後半に収められてる4つのスポーツに関わる連作は、ユーモアが楽しいけれど、こちらは逆に事件が地味。


『ニッポン樫鳥の謎』 訳:井上勇 創元推理文庫 (381P \360
★★☆☆☆

 日本がテーマという興味深い一品。しかしそれほど日本らしいネタが出てくるでもなく、ちょっと残念(ジャップ、チャンコロなる単語が出てくる点は笑えたが)。安っぽいメロドラマ風の作りがいらいらする。クイーン探偵に加えてテリー・リングなる非常に癖のある探偵役が登場するが、まあ好きずきでしょうな。