郵便屋さんを見る目が変わってしまうこと間違いなしの一品だ。浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』を連想させるタイトルだけど、こっちは、仕事が嫌で仕方なく、かと言って辞めるわけにもいかない郵便屋さんたちを描いた、とことん陰気な小説である。筆者の笹山さんは、郵便局勤務。職場のどろどろをこんなに書いてしまって大丈夫なのだろうか。組織改革とは「性格の悪い者が再生産されていくメカニズム」って、うますぎ。読んでいて、胸が苦しくなってくる。職場で苦労しているすべての気の弱いひとに、郵便屋さんに、「いつもごくろうさま」と声を掛けずにはいられない気持ちになる。
『郵便屋』とモチーフは同じながら、別の話だ。前作『郵便屋』がヨコ関係の苦労を書いているのに対し、今回はタテ関係の苦労が多く書かれている。「涙」が感じられるのは前作である。今回の主人公は愚痴ばっかりでちょっと嫌な感じ。公務員ってやっぱ恵まれてるんじゃねえか〜?と素直に思ってしまった。だって、郵政官僚の陰謀により、配達の仕事がいくらきつくなるって言ったって、郵便屋さんたちはみんな休み時間はしっかり休むし、超勤したところで2時間なのである。それで「身が持たない」なんて愚痴を言われたって、同情できるものではない。民間のサラリーマンは、きみらと違って、組合活動にうつつを抜かすわけにもいかんのだ。郵便局員の生の姿が、それだけちゃんと描かれている小説ということだ。
いい大人が書いてくれた、いい小説を読んだって感じだ。昔の山村を舞台に、少年の成長を描く。例えば川上健一が好んで書くような、よくあるパターンの小説ではあるが、いい大人が書いてくれると、やっぱり一味違うのだ。レベル的には井上靖『しろばんば』に近い。少年の心が、絵的に表現されているところが面白い特長だ。文藝賞と坪田譲治文学賞を受賞して、このシリーズは映画にもなったらしい。
『四万十川 第2部 とおいわかれの日々に』 河出書房新社 (252P \1262)
第1部では引っ込み思案一辺倒だったあつよしが、ずいぶんと成長したものだ。いじめっこに喧嘩を売るまでに強くなっている。笹山久三の書く小説は、正直申し上げて、読みづらい。状況説明が足りなく、気づいたら場面が変わっているし、方言の台詞の意味がわからない。だから雰囲気に酔ったまま一気に読み切ってしまわないとつらいところがあるのだが、今回はあつよしがそれなりに成長したことで、酔える要素がちょっと減ってしまった。
『四万十川 第3部 青の芽吹くころは』 河出書房新社 (205P \1262)
あつよしは中学生になった。思春期である。女性と出会うと「どうしても脚の付け根にある扇状地のようなわずかな膨らみに視線が流れ寄ってしまう」思春期。思春期に少年が感じる罪の意識というものがうまいこと描かれている。(少女も思春期には罪を感じるのでしょうか?)笹山久三の魅力は、鬱屈したウジウジである。ゆったりした大きな自然の中で、ウジウジした小さい心を描かせたら、うまいものだ。ただし全体としては暇。
『四万十川 第4部 さよならを言えずに』 河出書房新社 (227P \1262)
あつよしは高校三年生になった。就職しなきゃいけないのである。それで悩んでいるみたいなのだが。四万十川は、ゆっくりたゆたゆと流れる。この小説も、じつにゆったりと進む。ふぁ〜あ、眠い。鉛筆によるスケッチが続き、彩色するところまでなかなか進んでくれない。あつよしとは別の意味でこちらは悩んできた。眠くなる一方なので、続きを読むのはやめようかな..と。
『四万十川 第5部 ふるさとを捨てても』 河出書房新社 (212P \1262)
あつよしは郵便局員になった。そして休暇として四万十川に帰ってきた。疲れた心が癒されていくのかと思いきや、なんのことはない。仕事の愚痴を言って、そしてまた都会に帰っていくだけだ。これじゃなんのため古里に戻ってきたんだか。そしてなにを書きたかった小説なんだか。愚痴の言いっぷりが、『郵便屋』シリーズとかなりかぶってきた。
『四万十川 第6部 こころの中を川が流れる』 河出書房新社 (223P \1262)
あつよしが郵便局員になって20数年が経った。いまや彼は、小説家の先生であり、組合活動の闘士だ。あ〜あ、どんどん後味が悪くなってきた。四万十川に抱かれていたあつよし少年が、こんな疲れたおとなになってしまったとは、ほんと悲しい。完結編まで読んでみての結論。この『四万十川』シリーズは、『あつよしの夏』以外は読む必要ない。読んではいけない。実際『あつよしの夏』は単独で完結している中編であり、中身が詰まっている。『第2部』以降は、続き物としてだらだら書かれているだけ。この完結編だって、オチはない。
あつよしの『四万十川』シリーズより物語性はある。なのに希薄な読中感。普通の小説に於ける導入部分の数ページを、200ページ読まされている気分。うーん、読んでいて、ぜんぜん気持ちが入っていかないのはどうしてだろう。たぶんわたしが馬鹿だから。台詞の意味するところがわからない。商店街のおばさんたちの井戸端会議に、引っ越してすぐ参加させられてる気分。
『母の四万十川 第二部 それぞれの道』 河出書房新社 (216P \1600)
それでも読み続けるのは、読まずにはいられない家族の風景、日本の風景がここにはあるからだ。貴重な小説群であることは間違いない。店をやりくりして家族を養う“かあちゃん”の姿がここにある。戦後強くなったのは女性と靴下というけれど、“かあちゃん”は前からずっと強かった。
『母の四万十川 第三部 かたすみの昭和』 河出書房新社 (218P \1800)
続き物としてはこれで完結だけれど、結局かあちゃんは働き続ける。結局、笹山久三さんは、とことんプロレタリアートなのだな。労働組合の思想をチラリチラリと覗かさずにはいられないひとだ。労働者の、悪い意味でない、ずるい生き方が感じられる大長編であった。かあちゃんの息子(すなわち筆者)が文学賞を獲っておめでとう!で話が終わっているところがちょっと恥ずかしい。
暇な話だ。もう少しちゃんと説明してくれないかなあ。みんなでイタドリを取りに行く、って、イタドリとはなに?猫に子供が産まれたら間引きしないとうんぬんのくだりも、ちゃんと説明してくれないと、しかもこれは児童文学書なのだから、言葉を省略するのみではきちんと伝わらないと思う。結局のところ、成長物語としては、組織社会の中で姑息に生きてゆく方法を教えてくれてるだけのような。
『郵便屋の涙』 河出書房新社 (203P \1600)
★★★☆☆
『四万十川 あつよしの夏』 河出書房新社 (177P \1194)
★★★☆☆
★★☆☆☆
★★☆☆☆
★★☆☆☆
★★☆☆☆
★☆☆☆☆
『母の四万十川 第一部 さいはてのうたがきこえる』 河出書房新社 (221P \1456)
★☆☆☆☆
★★☆☆☆
★★☆☆☆
『やまびこのうた』 河出書房新社 (150P \1262)
★★☆☆☆