死刑判決を受け、獄中でもう十六年間も暮らしている主人公。毎朝「お迎え」の足音におびえ続けねばならないなんて、死刑とは法の名を借りた殺人?はたして彼らは愛に救われるのか!実際に精神科医として拘置所勤務した筆者だけに、描写は恐ろしいまでにリアルで読み応え十分。今まで読んだ全小説の中で2番目に好きな作品である(ちなみに1番は太宰治の『人間失格』)。日本文学大賞受賞。
単行出版されていた『岐路』『小暗い森』『炎都』三部作を再編し、まとめて文庫化したもの。日露戦争、関東大震災、2−26、太平洋戦争、そして終戦と、激動の時代を生きた山の手の大病院一族の壮大な物語。異常ともいえる時代に人々は如何に生き、如何に愛したのか。...全7冊はさすがに長い。読み通すのに必要なのは、ちょっとの気合いと相当の暇。第48回芸術選奨文部大臣賞受賞。
『雲の都 第一部 広場』 新潮社 (459P \2000)
『永遠の都』から『雲の都』へ。時田病院は既にないが、小暮家、風間家、脇家の面々と、透さんも火之子も元気だ。時代は続く。小説は続く。そして読書は続く。それこそ永遠に続くような錯覚に陥ってしまった。今回は、終戦から7年、医学生になった悠太が、血のメーデー事件に巻き込まれるまでを描いている。この大長編シリーズに関してはもう、小説の良し悪しなんて、二の次だ。(悪くはないっすよ。良いっすよ。ただし、まだまだ序盤なのでなんとも言えない。)
『雲の都 第二部 時計台』 新潮社 (562P \2400)
今回はすっかり悠太ひとりの物語だ。東大医学部→研修医→拘置所医官時代が主語「ぼく」で語られる。すっかりもう、名著『宣告』の時代だ(で、このあとは『フランドルの冬』へと続くはず)。内容としてはどうしても医者同士の会話がメインとなっていて、専門用語頻出の会話は難しいことは難しいのだけど、これが滅法面白い。精神医学って、実に興味深い学問だなと思う。ま、加賀先生の筆の巧みさがそう思わせてくれてるんだろうけど。悠太が精神医学を志した動機として、愛する文豪たちへの敬意や、かの晋助の影をちらつかせてくれたところがたまりません。
『雲の都 第三部 城砦』 新潮社 (478P \2300)
時は東京オリンピックイヤー。悠太は35歳になった。いまさらながら火之子、及び央子の出生の秘密が問題になって盛り上がっている。今回の語り手は、悠太、透、初江、夏江、桜子、千束、火之子、央子、菜々子、などなど。ちょっとごちゃごちゃしすぎだろう。この長い物語の今後をどうするか、展開を試行錯誤しつつ、とりあえずやっつけで書いちゃった一冊という感じがする。今回面白いのは、後半、学生運動が登場し、はちゃめちゃながら筋が通っているといえなくもない全共闘など自称革命家たちの支離滅裂な屁理屈が楽しめるところ。
『雲の都 第四部 幸福の森』 新潮社 (409P \2300)
千束と結婚した悠太はもう四十路か。早いものだ。このシリーズはやっぱり素晴らしいなあと嘆息した。一族の物語に社会史を絡めてくるバランスが絶妙だ。さすがに老いてきた家族らの、個性が光っている。嫌な姑になってしまった初江、わがまま妻の千束、闊達な火之子の活躍が特に素晴らしい。物故が続き、『永遠の都』の終盤を思い出させる暗さになってきた。このあと完結編まで読み終えてしまった暁には、『永遠の都』第一巻からまた読み返すっきゃないしか。
『雲の都 第五部 鎮魂の海』 新潮社 (424P \2300)
ついに完結編か、本当に完結編なのか、ああ完結編か。しかし完結編がいちばんつまらないとは、なんたる非道い仕打ちだ。悠太の息子世代がすっかり主役になっているが、この家族はどうしてこうも、浮世離れした天上人のような金持ち一家になってしまったのやら。暇をもてあました神々の生活といった感じで、共感がちっとも出来ない。時田利平から始まり、初江、夏江、晋助、間島五郎、透、火之子、連綿と受け継がれてきた魅力が、最後の一巻でぷっつりと切られてしまった。思えば人の一生とは、若い頃には夢と熱意があって、不倫など間違いもしてドラマチックに過ぎ、やがてはまわりがどんどん死んで、最期はつまらなく終わる。この大長編小説は結局、小暮悠太という人生の縮図そのものだったのだろう。
日米開戦前、特命全権大使としてルーズベルトと会談した来栖三郎とその一家の物語。三郎の妻はアメリカ人。息子は陸軍で飛行機乗りになるが、どこから見てもハーフである彼に、問題が起こらないはずがない。とっても可哀想な結末が待っている。悲惨な時代だったんだね。
クリスチャン加賀乙彦として、入魂の一作じゃないだろうか。遠藤周作のそれと同じく、キリスト教というものを、ややナナメ視線で捉え描いている。教科書で知っているだけの歴史の1ページを、掘り下げて知れる喜びよっ。短いエピソードではあるが、ザビエルと禅師が論争をするシーンの荘厳さにはしびれた。わたしはやはり、宣教師より日本のボンズ(坊さん)の味方になってしまう。それでもキリスト教の中に(ザビエルの生き方の中に)、日本人読者にとってわかりやすい無常やあはれがうんと感じられるようになっている、うまい作品だ。
省治は陸軍幼年学校に入学。日々過酷な修練が続き、皇国主義を教え込まれる。ところが敗戦となり、自分の信じていたものがすべて否定される。戦争を賛美する訳じゃないけど、あの時代の若者はとても純真だった。それに比べて今のぱーぷーな若者はどうよ。徴兵制度を復活させた方が世のためか?谷崎潤一郎賞受賞。
臓器移植と脳死問題を問う。生きている心臓が移植医の手の中で脈動を始める部分(こう書くとグロテスクだが)がとても感動的。加賀乙彦って作家はこういった深いテーマを読み物としてわかりやすく書いてくれるから大好きだ。この本をみんなが読んだら、移植反対論者って減るだろうな。
東京大学病院精神科での修行時代を描いた『頭医者事始』。駆け出し医者として勤務した東京拘置所が舞台の『頭医者青春記』。パリ大学精神医学教室に留学し奮闘する『頭医者留学記』。以上の自伝的三部作を一冊にした文庫本。医者の話というと固そうだけど、かなりデフォルメされており、ユーモアいっぱいで楽しい。偉そうなお医者さんもひとりの人間である。読むと元気が出る。
心地よい。60代を送る主人公の、青春グラフィティだ。青春といってもそこは60代だから、初恋などないし、アツいスポーツもシャウトなロックもない。父が死に、知人が死に、老母の面倒を見なければならず、兄弟たちは定年となり、自分の職場でもいざこざが..と暗い事件ばかりである。そんな中を、ただマイペースに、輝ける老後を生きようとしている主人公の姿がなんとも心地よい。暮れなずむ夕映えの空に、風が立ち、緑がそよぐ。自分はこんな素敵に老後を送れる(死を迎えられる)だろうか。
自伝と銘打っているが、実はインタビューを文字起こししたものだ。記憶を順々に語っているだけなのだが、これがまさに小説のようで飛びっきり面白い。『永遠の都』のノンフィクション部分が判る。『頭医者』『フランドルの冬』の背景が判る。辻邦生や、北杜夫、大岡昇平、遠藤周作との交流が判る。加賀乙彦は本書の上梓時点ですでに齢80を超えているが、まだまだ理路明晰で、実に脳味噌が強靱なひとだなと感心する。(→誤植情報)
減量のあまり神経性食思不振症(いわゆる拒食症)になってしまったフィギュアスケーターの物語。読みやす過ぎる、低俗とも言ってしまいたくなるような“スポこん”ストーリーの中に、夢や欲望やの真の意味はなんぞや?といった重い問いをさりげなく投げかけてくるところが、精神科医加賀先生式処方箋である。
ミニ『宣告』に始まって、ミニ『フランドルの冬』があって、ミニ『生きている心臓』があって、ミニ『永遠の都』がある、加賀ファンにとってはとても楽しい中短編集だ。さらに暗い純文学から軽い読み物までバラエティーに富んでおり、やはりわたしは加賀乙彦が大好き。中でも気に入ったのは、爽やかな青春モノの『春の町にて』。
タイトルの「・・・」は、「見れば見るほど、この日本はどこかおかしい」である。戦中育ちの筆者が、現代のなっちょらんところをぶつくさぼやいているエッセー集である。タクシーの運転手は態度が悪いとか、デパートの暖房は暑すぎるとか、そんな素人的なネタのオンパレードも、ちゃんとした作家が書いてくれると読めるもんだなあ。書かれたのは昭和55年であるが、平成14年のいま読んでもうなずける。すべての話が見開き2ページで終わるのは、この上なく読みやすい。
『帰らざる夏』の続編にあたる短編集。戦後に居場所を持たぬ元少年兵という主題が描かれている。少年の身で、いままで信じていたものが嘘だったと言われたときの気分を考えてみよう。なんとも哀しいじゃあありませんか。筆者の実体験で間違いないんだろうが、ここに登場する哀しい少年がどうやって、いまやキリスト教を信じるやさしいおじさんになれたんだろうか、大変に興味ある。そのへんの過程を書いてくれないと、筆者の仕事は完結しないんじゃないだろうか。
江戸初期、聖地エルサレムまで旅したペトロ岐部カスイの物語。今風にいえば、世界一周旅行記であろう。ところどころ文語調の、ひとり語りで書かれているが、堅苦しくはなくリズムが大変よろしい。彼の信仰の深さについては正直さっぱりだ。ノン宗教者にはチンプンカンプンの別世界の話であるが、そこにむしろ別世界のロマンを感じる。
テーマは冤罪。新幹線爆破事件の容疑者として逮捕されてしまった主人公とその恋人の無罪をはらそうと弁護士たちが活躍する。法廷での検事VS弁護士の知恵比べはおもしろい。最後は無罪となって、北海道で新しい生活を始めるんだけど、「堅苦しい法廷」VS「北海道の大自然」というのがまたコントラストになっている。大佛次郎賞受賞。
「ヴィーナスのえくぼ」とは腰骨のすぐ上のちょっとくぼんだところをいうらしい。『婦人公論』に連載されてた小説だけあり、いかにもそういった人たちが喜びそうな官能小説。夫はエリート商社員。息子は有名私立小でいじめに遭う。妻は浮気...こういうプロットでは結末は大体想像できる。再生か崩壊か、さてどっちでしょう?
『宣告』にはモデルとなった実在の死刑囚がいた。その彼と筆者との書簡をまとめたのが前者で、ある一女性との書簡集が後者。死を前にした人ってのはとっても優しくなるんですね。わたしなんかが偉そうに評するのもおこがましいですが。
加賀作品にしては異様に硬い、キリシタン大名として名をはせた高山右近が迫害のなか彷徨する、後半生を書いた歴史モノである。筆者は遠藤周作氏と対談で、「右近のような偉い人は小説にはできない」と語り合ったらしい。だからか、ドラマチックに偉さを強調するでなく、淡々と、まさに「足跡」を追う程度にとどめている。だからどんだけ偉い人だったのかは、あまりわからない。宗教的なテーマも別に感じない。
プルースト、ドストエフスキー、トルストイ、カフカのゆかりの地を歩き、夢想にふけるうちに時を超え、彼ら文豪と出逢ってしまう、ノンフィクションとファンタジーの中間みたいな、変わった紀行文学だ。名作の奥深い解釈が述べられたりと非常に高尚であるが、彼らの著作をたっぷり読んでいる人でないと、はっきり言ってどうしようもない。すなわちたっぷり読んでいる人はどうぞ。
フランドル地方の精神病院に勤務する日本人留学生コバヤシは、異国で患者と接していく中で、次第に自己を見失っていく。――外国作家の影響が多分に感じられる、暗くて深い心理小説。処女作。芸術選奨新人賞受賞。
中国の近現代史は難しいなあ。国民党とか、八路軍とか、文化大革命とか、ちゃんと識っているひとにはよいだろうが、頭の悪いわたしは正直、ちんぷんかんぷん。この歴史小説、読者を楽させる仕掛けはほとんどない。会話無しの地文がずらずら続くので頭がくらくらしてくる。もちろんこれはこれで愉しめるかたはどうぞ。
エッセー(評論?)集。はじめの方では筆者自身の歴史が綴られ、中ほどでは得意の死生観とか社会問題が語られる。ここまではいいけど、後半になってドストエフスキーとか野上弥生子がでてくる文学評となると、ちょっとツライ。
数10ページで投げてしまったので、どんな話か、詳しいところはわからない。フランスを舞台に異邦人(日本人)たちを主人公にした、『フランドルの冬』系の、哲学的な話のようだ。大好きな作家でもつまらなければ投げる。文庫化されてないだけのことはあったみたい。
『永遠の都(1〜7)』 新潮文庫 (計:3018P \3904)
★★★★☆
★★★☆☆
★★★☆☆
★★☆☆☆
★★★☆☆
★☆☆☆☆
『錨のない船(上・中・下)』 講談社文芸文庫 (計:1062P \3067)
★★★★☆
『ザビエルとその弟子』 講談社 (237P \1600)
★★★★☆
『帰らざる夏』 講談社文芸文庫 (637P \1456)
★★★★☆
『生きている心臓(上・下)』 講談社文庫 (計:638P \1048)
★★★☆☆
『頭医者』 中公文庫 (695P \951)
★★★☆☆
『夕映えの人』 小学館 (398P \1900)
★★★☆☆
『加賀乙彦 自伝』 ホーム社 (295P \2000)
★★★☆☆
『スケーターワルツ』 ちくま文庫 (291P \476)
★★★☆☆
『夢見草』 筑摩書房 (274P \850)
★★★☆☆
『見れば見るほど・・・』 中公文庫 (227P \320)
★★★☆☆
『異郷』 集英社 (230P \740)
★★★☆☆
『殉教者』 講談社 (235P \1850)
★★★☆☆
『湿原(上・下)』 新潮文庫 (計:1200P \1281)
★★★☆☆
『ヴィーナスのえくぼ』 中央公論社 (360P \1165)
★★☆☆☆
『ある死刑囚との対話』『死の淵の愛と死』 弘文堂 (236P \1505, 271P \1748)
★★☆☆☆
『高山右近』 講談社 (334P \1900)
★★☆☆☆
『イリエの園にて』 集英社 (209P \980)
★★☆☆☆
『フランドルの冬』 新潮文庫 (487P \583)
★★☆☆☆
『ああ父よ ああ母よ』 講談社 (365P \1900)
★☆☆☆☆
『生と死と文学』 潮出版社 (300P \1456)
★☆☆☆☆
『荒地を旅する者たち』 新潮社 (326P \1300)
★☆☆☆☆