ヴァン・ダイン ――


『ベンスン殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (397P \480)
★★☆☆☆

 シリーズ第一作ということで、ファイロ・ヴァンス、マーカム地方検事、ヒース部長刑事(いわばチーム・ヴァンス)のひととなりが、しっかり説明されているのがとにかく嬉しい。さらに解説では、匿名作家S・S・ヴァン・ダインがなぜ推理小説を書くようになったかのいきさつが記されていて、ファン必読の書である。ただし残念ながら事件自体は詰まらない。淡々として、ドキドキなし。チーム・ヴァンスの、皮肉とユーモアの混ざった会話の妙のみ静かに楽しむべし。

 『カナリヤ殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (421P \400)
 ★★★☆☆

 容疑者を集めてポーカーゲームするという推理小説史上に残る名シーンが登場する。容疑者の性格の違いをここまでクローズアップした推理小説は他にないのではないか。いや面白かった。カナリヤ(殺された女性の愛称)殺人事件というタイトルもロマンチックで秀逸に思う。密室の物理的トリックに関してはさすがに時代遅れのお粗末さがあるけれど、それよりもヴァンス探偵の心理的探偵法の真髄をお楽しみあれ。

 『グリーン家殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (467P \400)
 ★★★☆☆

 ヴァン・ダインの書く小説は、読みやすいとは言えない。筆者のインテリ気質が文面からぷんぷん匂ってくる。でもその高質で硬質なところが、本格好きを自負するファンにとってはこたえられないのだ。特にこの『グリーン家』の完成度は群を抜いている。全編を漂う恐怖と、重厚感。エラリー・クイーン『Yの悲劇』と並んで、この『グリーン家殺人事件』が世界推理小説のナンバー1、2である。――と、ずっと思っていたのだが、このたび再読したところ、そこまで良くはなかった。なんというか、物足りない(ちなみに、結末はすっかり忘れていたので、犯人がわかっているからつまらなかったのではない)。その後いろんな推理小説を読み過ぎちゃったからかもしれない。スタンダードすぎて、びっくりするところがぜんぜんなく、物足りないのだ。はあ、また殺されましたかあ、犯人はやっぱりこのひとでしたかあ、はあなるほどねえって感じ。

 『僧正殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (442P \430)
 ★★★☆☆

 『グリーン家殺人事件』と並んでヴァン・ダイン全作品の頂点をなす傑作と賞されている作品。が、こちらはもともとそれほどの出来とは思えない。ずいぶんと素直な話で、ひねりも効いていない。『グリーン家』のような、いい「雰囲気」もない。おまけに、悪い作品というほどの欠点もない(笑)。ヴァン・ダイン作品に登場する名探偵ファイロ・ヴァンスは、探偵としての腕はあまりよろしくない。事件の関係者が次々に殺されてゆくのを、手つかずで見ているだけ。金田一耕助よりもひどい。最後まで残っているのはほんの数名なのだから、ヴァンス君じゃなくたって、誰でも真犯人を当てられるさ。

 『カブト虫殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (404P \640)
 ★★★☆☆

 ファイロ・ヴァンスの博学は素晴らしい。古代エジプトが今回のテーマなのだが、ヴァンス君のその蘊蓄を読んでいるだけで楽しい。名作の誉れ高き『グリーン家』『僧正』のあとの作品なだけにスケールダウンの感は否めないが、かと言って読まずに済ませてしまうのももったいない、ちょっとした変化球的一冊である。

 『ケンネル殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (354P \563)
 ★★★☆☆

 ヴァン・ダインの初期6作中、最も愉しめる作品ではないだろうか。ユニークな伏線や手がかりが次々に出てきて、飽きさせない。ヴァンスの糞真面目さは相変わらずだが、どこか「バカミス」や「トンデモミステリー」の趣さえある。結末は少々奇をてらいすぎていて賛否が分かれそうだが、それも含めて愉しめるってこと。とりあえずタイトルの意味にもなっているスコティッシュ・テリアの登場が可愛い。(→誤植情報

 『ドラゴン殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (374P \480)
 ★★★☆☆

 名作揃いのヴァン・ダイン前期6作に比べ、後期6作は駄作揃いというのが定説だ。しかし後期1作目のこのドラゴン事件、なかなかどうして悪くないぞ。いつものチーム・ヴァンスが、プールから消失した死体の謎を追う。古代の竜の伝説をからめた、ファンタジーっぽい雰囲気がよい。マニアックな水族館をヴァンス君が鑑賞するシーンが素敵。

 『ガーデン殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (340P \380)
 ★★☆☆☆

 地味。退屈な展開で、小粒な駄作といった感想だ。雰囲気もなんか暗くて、とにかく地味だ。競馬をテーマにしており、ブックメーカーに電話して賭けるという昔の競馬のやり方を知れる点は悪くないけど、出走表を綴じ込みにするほどこだわりを見せているわりには、競馬と事件があんまり関係なくてガッカリ。(→誤植情報

 『グレイシー・アレン殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (271P \320)
 ★★★☆☆

 映画の原作として書かれたそうだ。グレイシー・アレンは、主演女優の名前(役名も同じ)。シリーズ中異色の、コメディードタバタ劇タッチで、わたしは嫌いじゃない。お茶目なヴァンス君が味わえる。そして併碌されているファイロ・ヴァンス伝記がシリーズファンには滅法面白い。ヴァンスとヴァン・ダインはハーバード大学で出会ったこと、ヴァンスが日本を訪れてジュージツを習ったことが知れて、嬉しかった。

 『ウインター殺人事件』 訳:井上勇 創元推理文庫 (220P \300)
 ★★☆☆☆

 ヒロインがアイススケートをしているだけで"ウインター"という安直なタイトルはどうなの?ヴァン・ダインの長編もいよいよ最後となりし(残り2冊は入手困難なために未読)。ネタ切れになって作品の質がどんどん落ちていくダイン先生の人間臭さが可愛い。まごうことなき駄作の本編よりも、読むべきは巻末に収められた、超有名な『推理小説作法の二十則』であろう。あらゆるタイプの推理小説が書かれている現代では、もはや"掟破り"ばかり。どころか、ヴァン・ダインご自身の作品でも守ってない部分なくない?歴史を感じる指針としては非常に立派。


『ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿』 訳:小森健太郎 論創社 (265P \2000)
★☆☆☆☆

 ヴァン・ダインの短編集が刊行されたのは本書がなんと世界初らしい(2007年)。どこの国も出版していなかった理由がわかる。だってとんでもなく、つまらないもの。いわゆる普通の短編推理小説を期待してはいけない。過去に世界のどこかであった犯罪事件をドキュメンタリー風にダラダラ語っているだけの代物だ。『探偵小説論』なる小品も収められているけど、これまたそこらの推理小説の解説文のほうが面白い。