柳広司 ――


『ジョーカー・ゲーム』 角川書店 (252P \1500)
★★★★☆

 ナイスだ。現在最高のスパイ小説と言って過言じゃなかろう。スパイのニヒルさ、行動哲学がほぼ完璧に記されている。まさにこのまま陸軍中野学校(スパイ養成所)のテキストとして使えそうな感じだ。惜しむらくは、事件のトリックに凝りすぎていて、スケールが小さくなっている点だろう。ひとつ突っ込みたいのだけど、表紙に描かれている、杖を持った軍服の人物は結城中佐だと思うのだけど、スパイの鑑である結城中佐が軍服を着るわけないじゃん。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞受賞。

 『ダブル・ジョーカー』 角川書店 (257P \1500)
 ★★★☆☆

 はっきり言ってこのシリーズは素晴らしい。スパイの描き方は芸術の域に達している。このシリーズを書いているときの柳広司は、他作を書いている柳広司とは別人なのじゃないかと思えるくらいだ。5話が収められているが、さすがに全部が素晴らしい出来とはいかず、ネタ切れでだらだらしているだけの話もある。白眉は、騙し騙されのどんでん返しが見事に美しい表題作。そして結城中佐の過去が書かれている『柩』はファン必読だろう。

 『パラダイス・ロスト』 角川書店 (257P \1500)
 ★★★☆☆

 まあかっこいい。男の子は誰しもかつて、水に溶ける紙や付け髭などのスパイセットを持っていたものだ。そういった読者層にこの超人気シリーズは支えられているのかなと思う。シリーズの王道である『誤算』に嬉しくなり、やや毛色を変えてきた『失楽園』『追跡』は退屈だったが、大作『暗号名ケルベロス』の迫力には感心した。豪華客船で殺人が起き、ちょうどアガサ・クリスティーのミステリー映画を観ているような恐怖と、謎解きの楽しみと、ロマンがある。

 『ラスト・ワルツ』 KADOKAWA (226P \1400)
 ★★★☆☆

 『アジア・エクスプレス』の出来の素晴らしさに感動した。全部の伏線がラストに繋がってゆく。これまた良く出来た映画を観ている快感。しかし収められた中短編全部を綺麗にまとめるのはなかなか難しいようで、詳しくはネタバレになるので書けないが、『ワルキューレ』は大風呂敷を広げすぎで、逆に『舞踏会の夜』はこぢんまりしすぎた。


『太平洋食堂』 小学館 (461P \1800)
★★★☆☆

 大石誠之助が主人公の歴史小説。柳広司のことだから、ミステリーの味付けがあるのかと思いきや、最初から最後まで真面目な歴史小説だった。おかたい内容でありながら、文体は飄々としていて、軽快で読みやすい。明治時代の社会主義運動がどんなものであったか識ることが出来る。漱石の『吾輩は猫である』や『それから』が何度か引用されているが、ちょうど同じような古きロマンが感じられる。ちなみに「太平洋食堂」とは誠之助が造ったサロンのことだが、物語中にほとんど出てこないので、もっと合ったタイトルはなかったのか?


『南風に乗る』 小学館 (401P \1800)
★★★☆☆

 瀬長亀次郎と山之口貘を主人公に、沖縄の戦後史を描いている。牧歌的なやさしい文体でいながら中身はしっかり濃くて、なかなかよろしい。日米安保、地位協定、沖縄返還..ニュースでしょっちゅう聞くワードだが、深い意味が知れて素晴らしく勉強になる。しかし活動家の瀬長亀次郎を主役に据えたのはわかるとして、詩人の山之口貘を並行して描いたのはどういう狙いだったのだろう。ふたりの物語が重なるのかと思いきや重ならず、山之口貘の影が薄い。また、第一部と第二部で作風がずいぶん変わるのは、連載中に方針変更したということなのか、面食らう。著者の安倍晋三嫌いイデオロギーがたまにちょろっと顔を出してるのは良くないね。


『虎と月』 理論社 (249P \1400)
★★☆☆☆

 中島敦『山月記』にインスパイアされオマージュした続編となっている。昔の中国の雰囲気が好いし、ユーモアも楽しい。しかしちょっと謎な展開が多く、中だるみがつらい。李徴が虎に変身した真相を明かしちゃうのは、ロマンチックに欠けるなあという気もなきにしもあらず。有名漫画がアニメや実写映画に作り替えられると必ず嫌われるごとく、名作文学の続編を後世の作家が書く場合も、まったく別物と割り切って鑑賞してあげる寛容さが必要なのだろうなと思う。あと袁さん(←漢字出せず)を一度くらいは登場させて欲しかった。


『アンブレイカブル』 KADOKAWA (262P \1800)
★★☆☆☆

 『ジョーカー・ゲーム』シリーズとはまたちょっと変えてきた連作といったところか。昭和初期の赤狩りを題材にしていて、随分と硬派な内容だ。小林多喜二や三木清が実名で登場して、歴史的価値があるのは認めるが、エンタメ小説としての面白みは欠ける。特高を束ねる内務省参事官クロサキ(ジョーカー・ゲームの結城中佐にあたる主役)を、どういうキャラクターとして描きたかったんだかが不明だ。主役なのに、キレモノなのかマヌケなのか掴めない。


『楽園の蝶』 講談社 (310P \1500)
★★☆☆☆

 柳広司といえば『ジョーカー・ゲーム』シリーズの出来が良すぎて、他作品がみな駄作に思えてしまう。今作品は満映(満州映画協会)が舞台で、かの甘粕正彦が登場する。つまり『ジョーカー・ゲーム』とよく似た背景ながら、作風はガラッと変えてきて、ユーモア調になっている。せっかくの甘粕正彦の変人さが足りない、731部隊の使い方も生ぬるい。ユーモアがあるのはいいのだけど、ユーモアはユーモア、グロはグロで、もっとメリハリがあれば好かった。(→誤植情報


『パンとペンの事件簿』 幻冬舎 (229P \1600)
★★☆☆☆

 これはミステリーなのか?ミステリーと呼ぶには起きる事件も謎解きもしょぼくて、盛り上がりがない。売文社という、明治時代に実在した組織を舞台した点は非常に面白い。堺利彦、大杉栄、添田唖蝉坊ら文化人が実名で登場して勉強になる。彼らのおとぼけ会話はさしずめ、柳流『吾輩は猫である』といったところか。展開に盛り上がりがなくて、ただの人物紹介に終わっちゃってるのが勿体ない。


『トーキョー・プリズン』 角川書店 (326P \1600)
★★☆☆☆

 巣鴨プリズンで密室殺人が起きるという非常にスリリングな内容ながら、ちんけな劇団の芝居を観ているようで、わざとらしい。まずオウム返しの質問科白が多いのが非常に気になって仕方なかった。「オウム返しの科白、だって?」(←こんな感じ。)ゴボウを外国人捕虜に食べさせたら虐待になったという超有名な話をネタに使ってくる感覚も信じられない。他にもどこかで読んだようなアイデアばかり...。かなり凝っている作りなのは確かなので、ミステリー好きな(そして戦争のことを知っていない)小中学生が読んだら大喜びすると思う。


『はじまりの島』 朝日新聞社 (320P \1700)
★★☆☆☆

 筆者の、書かんとしていた狙いはよーくわかるが、惜しい。舞台をあのガラパゴス島にして、あのチャールズ・ダーウィンを探偵役にもってきた必然性はよくわかる。ダーウィンは、創造主の存在を否定し、「論理」というものを作り出したひとだから。論理的にはいいところがあるのに、表現方法が軽いから、アンバランスさをすごく感じてしまう。奥泉光が書くミステリーを、うんと子供っぽくした感じだ。残念ながら筆力がまだまだ。安っぽい殺人事件なんか起こさず、普通に小説を書いてくれればいいのに。そうすればいいものができると思う。


『黄金の灰』 原書房 (334P \1600)
★★☆☆☆

 ハインリッヒ・シュリーマンが、トロイア遺跡を発掘中、殺人事件に巻き込まれていたとする歴史ミステリー。筆者はけっこう歴史関係を勉強しているようだ。事件が起きていない前半は、筆者のうんちく関係がけっこう楽しい。しかし無理に推理小説なんかにするから、後半でまた台無しだ。名作推理小説のトリックをネタばれした上で使ってるし、つっこみどころは満載。結局、シュリーマンという人間はなんだったんだ。彼が作らせた模造品とはなんだったんだ。